自分のための場所
【自分のための場所】前編:子育てを終えてその次へ、風通しのいい場所づくり

【自分のための場所】前編:子育てを終えてその次へ、風通しのいい場所づくり

自分ひとりのための場所があったら。そんなふうに思ったことがありますか。

今回訪ねた江波戸玲子(えばと・れいこ)さんは、子どもの手が離れはじめたころ、大好きな葉山の地に思い切ってそんな場所をつくりました。

主宰する「ポンナレット」のアトリエとして、さまざまなアーティストたちの魅力を伝えるギャラリーとして、そしてひとり静かに過ごせるプライベートな空間として。

「葉山の家」と名づけたセカンドハウスと、都内の自宅との二拠点生活。家づくりから20年、「この場所があったから世界が広がった」と話す、その住まいのご様子を見せていただきました。


50代を前に、家を建てると決めました

訪ねたのは、暑くも寒くもない、ブラウス一枚で過ごせる気候の日。リビングに足を踏み入れた瞬間、その光景に思わず声を上げました。

「気持ちいいでしょう。いまは、ここの扉を全開にできる貴重な時季なんです」

そう言って江波戸さんが、庭に面した掃き出し窓を開け放してくれました。

リビングと庭をさえぎるものは何もなく、風と光が通り抜けていくのが全身で感じられました。家のなかにいるのに森で深呼吸をしているようななすがすがしさです。高台に立つこの場所からは、遠く向こうに海が見えました。

江波戸さんがこの家を建てたのは、50代を迎えるタイミング。ちょうど、ふたりの子どもたちが高校の卒業を迎える頃でした。

当時、カンボジアやラオスといったメコン地域の国でつくられる織物の美しさに魅せられ、その布で着物にする反物や帯、小物をつくる「ポンナレット」を新たに立ち上げていた江波戸さん。これからの仕事、やってみたいこと。いろいろな思いをめぐらせるなかで、ふと「自分の世界をちゃんと持とう」と思い立ちました。

江波戸さん:
「商品を実際に手に取って選んでもらったり、好きな作家さんたちを招いた展示を開いたりできるような、アトリエとギャラリーを兼ねた場所をつくりたかったんです。

でもいちばんは、自分でなんでも決められる自分だけの場所が欲しかったのだと思います。子育てと家庭と仕事。

しっかりやらなくちゃとどこかで気持ちが張っていたのかもしれませんね」


思いがけずやってきた、両親と過ごす水入らずの時間

江波戸さん:
「家を建てると決めてから、不動産に詳しい父親と建築好きの母親、3人で一緒に車を走らせいろいろな場所を見に行きました。ところが父は『ここは緑が多いけれどすぐに住宅地に変わる』なんて、詳しいだけになかなか決まらなくて(笑)。

それでも、こんなふうに大人になってから、両親と一緒にああだこうだとおしゃべりしながら一緒に時間を過ごせるなんて予想もしませんでした」

▲1階は吹き抜け仕様。ダイニングからリビングがひと続きとなった広々とした空間です。

土地を探し始めて一年。さっぱり見つからないけれど、こんな時間が続くのなら、これも悪くないかもしれない。そう思い始めた矢先、ポンと出会ったのが今の場所だったそうです。

江波戸さん:
「この土地に初めて立ったとき、富士山がとてもきれいに見えたんです。高台になっているから視線も気にならないし、向かいは保護林で景色が変わる心配もなさそう。いろいろなご縁も重なり、ここだ!と即決しました」


靴のままリビングもキッチンも。庭とつながる気楽なスタイル

土地が決まれば、次は設計です。誰にお願いしようかと考えていたとき、江波戸さんが目にしたのは建築家・中村好文さんの著書「普段着の住宅術」でした。

江波戸さん:
「目のつけどころがおもしろくて、ユーモアがあって。知れば知るほど中村さんの考え方に共感し、この方にお願いしたい!と、すぐに事務所に伺いました」

設計に際しリクエストはほとんどしなかったという江波戸さんですが、唯一お願いしたことがあります。それは、「靴のまま上がれて、内と外とが自由につながりあった、大きなテントのような家」にしたいということ。

江波戸さん:
「アトリエやギャラリーとして解放するつもりだったこともあり、庭と室内が隔てなく自由に行き来できるような場所にしたかったんです。身内が犬を連れてきても、そのつど足を拭かずに駆け回れます」

アトリエに訪れたゲストは、玄関門をくぐったら庭を抜けて、そのままリビングへ。

外から内へ、「お邪魔します」の気持ちの段差を感じることのない、シームレスでオープンマインドな場が生まれました。

▲床は、設計当時中村さんが並行して手がけていた「伊丹十三記念館」と同じ材を使用。20年を経て良い表情に。

江波戸さん:
「でも土足といってもお掃除もさっと掃く程度で、意外と気楽なんですよ。床はもう、傷もシミもたくさん。

そうそう、家が完成してすぐ、友人らを招いてパーティーを開いたんです。翌朝見ると、床がワインのシミだらけ! あわてて中村さんに『どうしましょう!?』ってご連絡したら、『まぁまぁ、シミ仕上げだと思えばいいじゃない』って(笑)。

おおらかに笑ってもらえたことで吹っ切れて、シミも重なっていい色になっていけばいいと思えるようになりました」


自然の恵みをありのままに楽しむ庭づくり

「じゃあ、このままちょっと庭に出てみましょうか」。江波戸さんにうながされ、ぐるりと庭を歩かせてもらいました。リビングから直接つながったウッドデッキが広がる庭は、まるでもうひとつのリビングのよう。

江波戸さん:
「庭は自然に任せているものも多いんです。大きい木は、ほとんどが元から植わっていたもの。ミモザは小さな苗木をいただいて植えたら、20年で2階に届くほど大きくなりました。

こっちの植物は……何でしょうね、確かもうじき花が咲くんじゃないかしら。2月の大雪でダメになってしまったものもあるんです。鳥が運んできたのか、自然に種がこぼれていったのか、いつのまにか増えていったものもたくさん。でもきっと、それがおもしろいのよね」

▲2階の寝室に面したバルコニーにつながるらせん階段は、江波戸さんの母のアイデア。庭で夕焼けがきれいだなあと感じたら、ここから上がって景色を眺めるのだとか。

杉壁を美しく彩る印象的なツタも、実は自然に伸びて出来上がった景色。いまはちょうど、冴え冴えとした青葉がぐんぐん繁らせるタイミング。秋にはこの葉が赤く染まり、また違った表情となるのだそうです。

庭にいくつもある巣箱は、趣味が高じて木工作家としても活動している江波戸さんのお兄さんの作品です。

ふと見ると、野鳥の餌台に置いてあったオレンジをくわえて、リスが駆け抜けていきました。


降っても晴れても、自然をそのまま受け止める楽しさ

庭の奥にはコンポストを作ってもらい、生ごみを処理できるようにしています。

江波戸さん:
「日帰りのこともあれば、何泊かすることもあり滞在はバラバラですが、この家で過ごすのは1ヶ月の内ちょうど半分ほど。行ったり来たりをする暮らしなので、生ごみに悩まされることがないのはとても便利です」

さらにこの家では、電気はソーラーを、そしてトイレやお風呂などの生活水には雨水の貯水システムを使っているのだそうです。

江波戸さん:
「お風呂のお湯は、雨水のほうが肌あたりがまろやかなんです。

自然エネルギーを取り入れたおかげで、天気を身近に感じるようになりました。晴れるとうれしいし、雨なら水が溜まっていくのを実感できてわくわくします。どんな天候も、なんだかしあわせに思えるんです」

▲裏庭の竹林が美しく映える2階の和室。この竹林は建築家の中村さんもお気に入りだったそう。

晴れたら日焼けを心配し、雨が降ったらため息をついて。そんなふうに思っていましたが、お天気に良いも悪いもありません。自然の天気をそのまま受け止めながら、にこにこ暮らす江波戸さんの様子にすっかりこころをほぐしてもらいました。

続く後編では、江波戸さんがお気に入りのキッチンや、2階エリアを拝見します。


【写真】長田朋子



もくじ

江波戸玲子

「PONNALE(ポンナレット)」主宰。ラオスやカンボジアの手織り布を用いたオリジナルの着物や帯、小物などを手がけ、不定期で「葉山の家」や全国のギャラリーやショップで展示・販売している。2026年7月31日〜8月6日鎌倉「KAMAKURA meet」、9月18日〜22日東京・自由が丘「CHECK&STRIPE」にて展示を予定。http://www.ponnalet.com/

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