【楽しさはすぐそばに】後編:この家に、いろんな人が楽しさを持ってきてくれたんです

【楽しさはすぐそばに】後編:この家に、いろんな人が楽しさを持ってきてくれたんです

ライター 嶌陽子

建築家の 山中康廣 ( やまなかやすひろ ) さんと、プロダクトデザイナーの 山中阿美子 ( やまなかあみこ ) さんのご自宅を訪ねています。

前編では、43年前に自分たちで設計したという住まいを見せていただきながら、旅の話や、仕事や子育てで忙しくしていた時のことなどを伺いました。

後編では、最近の暮らしのこと、日々の楽しみや喜びについて教えていただきます。

前編から読む

88歳と86歳、毎晩の楽しみは音楽を聴くこと

部屋と部屋がゆるくつながる、回遊性のある住まい。中心を占めるのは、台所とつながった、吹き抜けのある明るいダイニングです。

阿美子さん:
「この家は、吹き抜けがあるし、部屋と部屋の間がきっちり仕切られていないでしょう。だから、家中の音がよく聞こえるんです。

昔、私たち夫婦がこのダイニングで設計に関する議論をしていて、だんだん熱が入ってお互いに大きな声で話してると、まだ小さかった子どもたちが2階から『もう喧嘩はやめてー』なんて言ってました(笑)」

康廣さん:
「真四角の家ではなくて凸凹しているから、壁の面がいくつもあるんです。しかも天井も斜めになっているから、この部屋はすごく音響がいいんですよ。音楽を聴くのに格好の場所なんです」

康廣さんと阿美子さんの共通の趣味は音楽。クラシックやジャズが好きで、毎晩の夕食後、録りためた音楽番組やDVDを観たり、CDを聴くのが楽しみなのだそうです。

康廣さん:
「何が好きかといったら、やっぱり音楽が一番好きです。好きなものがいつも脇にあると、何とか生きていけますよね。自分でも何か演奏したいんだけれど、習う機会を逃してしまって。でも、聴くだけでも十分に楽しいですよ」

阿美子さん:
「学生時代に知り合って間もない頃のデートも、クラシックのコンサート。外国の指揮者の演奏会だったかしらね。音楽も、二人を結びつけたもののひとつかもしれないです」

康廣さん:
「新しい音楽も毛嫌いしないで、できればどんどん聴いてみたいですね」

阿美子さん:
「孫のひとりがラップをやっていて、去年ライブに2人で行ったんです。会場全体のエネルギーがすごくて、とっても面白かった。あのエネルギーを味わいたくて、近々またライブに行く予定です」


ホームコンサートでは、階段も客席に

毎晩、広々とした空間に音を響かせながら、好きな曲に耳を傾けているふたりの姿が目に浮かぶようです。

設計した時は音響のことまで考えていたわけではなく、結果的に音楽を聴くのによい環境になったそう。その偶然の恵みを、ふたりは自分たちだけのものに留めませんでした。

阿美子さん:
「43年前にこの家のお披露目会をした時、知り合いのバイオリニストがバイオリンを持ってきて弾いてくれて。その時とってもいい音だったんです」

康廣さん
「その人自身、すごく音響がいいと言ってくれたので、これはしめた!と思って。10年ほど、毎年ここで演奏してくれました」

その後しばらく経ってから、今度はジャズのホームコンサートを開くようになったといいます。

阿美子さん:
「知人の紹介で知り合ったジャズピアニストが毎年1回来てくれて、このダイニングスペースで演奏してもらいました。数年前まで、20回ほど続いてたんですよ。

お客さんは40〜50人。友人が家族やさらに友人を連れてきてくれたりして。孫たちも遊びにきてね。部屋の仕切りをできるだけ取り払って、みんなが座れるようにしました。階段に座って、上から見下ろすような形で聴く人もいましたね」

そのコンサートをDVDにしたものがあると聞き、観せてもらうことに。

映像の中には、まさに今私たちが座っているダイニングテーブルの辺りでピアノトリオが生き生きと演奏する姿がありました。映ってはいないけれど、階段などに思い思いに座って、耳を傾けている人たちの姿も目に浮かびます。

阿美子さん:
「キッチンのカウンターにワインなど、飲み物をいろいろ並べて、お客さまに自由に取ってもらうスタイルにしました。子どもたちも時々手伝いに来てくれて、息子はバーテンダー役をやってくれていました。

家具を動かしたりして、準備はそれなりに大変だったけれど、みんなが手伝ってくれたから」

康廣さん:
「みんなよくやってくれるんですよ。それに大変さもあるけれど、楽しい方が先でしょう」

ホームコンサート以外にも、地元の仲間たちと年に4回開催しているジャズライブの実行委員としても活動中。つい先日も、75回目のライブが終わったばかりだと話してくれました。

康廣さん:
「音楽はすごく大事にしているよね」

阿美子さん:
「ただその分、運動不足なのが心配で。音楽って大体座って聴くし、特に体を動かすわけじゃないでしょう。だからなるべく毎日、2人で買い物や用事をしに行くついでに、駅の方まで歩くようにしているんです」


人生って偶然のご縁を楽しむようになっているのかも

仕事に関する白熱した議論、3人の子どもたちの元気な声、ホームコンサートの演奏の音色、集まった人々の楽しげな会話、夫婦ふたりで毎晩聴く音楽……。

40数年の間、いろいろな音がこの吹き抜けのある家に響いてきたんだなあと、年月を重ねて木の色合いが濃くなっている部屋をあらためて見渡しました。

阿美子さん:
「ホームコンサートも、私たちが誰かを呼んでやろうと言ったわけではなく、たまたま知り合った人が来てくれた。人生って、何かこう偶然のご縁があって、それを楽しむようになってるのかなって」

康廣さん:
「この家には、いろんな人がやってきてくれる。そうして、その人の持っている楽しさをみんなに紹介してくれるんですよ」

さまざまな人と縁をつなぎながら、楽しさを分かち合い、さらに大きく膨らませていく。ふたりの周りに自然と人が集まってくる理由が分かる気がします。

阿美子さん:
「私たちは人に対してちょっと無防備なのかもしれないわね。

たとえば、お隣の家の敷地との間には、垣根がないんですよ。その分、あちらは我が家の木を眺めて楽しめるし、我が家もあちらの緑を楽しめる。ピアノの講師をされているお宅なので、ピアノを教えてもらったり。すごく仲良くしています」

阿美子さん:
「最近は、いろいろな事情があって、誰かとすぐに親しい関係を結ぶのは難しい面もあるでしょうけど、やっぱり人とのつながりは大事だなと思います。

私たちも単に音楽を聴くだけじゃなくて、みんなで集まって聴いたり、その後におしゃべりして新しい人と知り合ったりする、そんな楽しみもずっと持ち続けてきましたから。

そういうつながりは、仕事をリタイアして時間ができたからといって急にできるものではないですよね。だから何歳であっても、人とのご縁を大切にするといいのかなと思います」

康廣さん:
「そうすると、何となく楽しい人やことが集まってくるんですよね」

「垣根がない」。それはお隣とのことだけではなく、すべての部屋がゆるやかにつながったこの家にも、康廣さんと阿美子さんの雰囲気にも通じるような気がしました。

好きなことをひとつ、かたわらに置き続けること。心をなるべく柔らかくオープンにして、やってくるご縁を大切にすること。その2つを心に留めて日々を積み重ねていけば、その先にはささやかな楽しさに彩られた毎日が待っているかもしれない。

吹き抜けのある家にゆっくりと流れていた時間と、きれいに咲いていた木瓜の花、そしておふたりののびやかな佇まいを思い返すたびに、そんなことを考えています。

(おわり)


【写真】井手勇貴


もくじ

山中康廣、山中阿美子

康廣さん(写真右)は早稲田大学建築学科卒業、会社勤務を経て「山中康廣建築設計事務所」を設立し、個人住宅、集合住宅を中心に企画・設計を手がける。阿美子さん(写真左)は東京藝術大学美術学部を経て、「YAMANAKA DESIGN OFFICE」を設立し、インテリア、プロダクトデザインの企画・開発を手がける。現在はリタイアし、ふたり暮らし。

HP: https://www.ay-yamanaka.com/

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